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大阪高等裁判所 昭和60年(行コ)42号 判決

京都府亀岡市下矢田町東法楽寺五四番地四二

控訴人

三谷勝彦

右訴訟代理人弁護士

高田良爾

京都府船井群園部町小山東町溝辺二一番地二

被控訴人

園部税務署長

菊地和夫

右指定代理人

笠原嘉人

池口睦男

山口忠芳

鈴木慶昭

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し、昭和五五年一月二一日付でした控訴人の昭和五一年分ないし昭和五三年分の所得税更正処分中、昭和五一年分の総所得金額が三〇〇万円、昭和五二年分の総取得額が二六〇万円昭和五三年分の総所得金額が二二〇万円を超える部分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者の事実上の主張は、次に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

(控訴人)

一  被控訴人の主張する同業者八件の本件係争年度分の売上金額は、控訴人の売上金額と対比すると、次のような問題がある。

1  昭和五一年分

控訴人の昭和五一年分の売上金額は、一億三八七八万八八五〇円であり、それに比較すると、同業者Bは二・三七倍、同業者Cは三・五八倍、同業者Dは二・九四倍、同業者Eは四・六一倍、同業者Fは五・七〇倍、同業者Gは二・一二倍、同業者Hは二・三〇倍、同業者Iは三・九一倍(いずれも控訴人と比較して「以下」)である。いずれの同業者も控訴人の売上金額と比較して二倍以上の差があり、このような二倍以上も差がある同業者は、もはや営業規模の点において控訴人と類似性がないと判断せざるを得ない。しかも、売上金額の低い同業者C、E、Fは、他の同業者と比較して所得率が高いという傾向を示している。売上が高ければ、所得率が低下するという現象をうかがうことができる。さらに、同業者によつては所得率四・二〇パーセントというものもある(同業者D)のである。

2  昭和五二年分

同業者Cは二・一一倍、同業者Eは三・四一倍、同業者Fは二・四八倍(いずれも「以下)である。これら三件の同業者の所得率は、他の同業者と比較しても高い所得率が算出されている。昭和五一年分と同じように売上金額が低くなればなるほど所得率が相対的に高くなる現象を示している。更に注目すべきことは、同業者八件の売上金額と所得率の関係をみると売上金額の多い順に所得率が低くなつているのである。結果的に同業者間の所得率ににも格差がありすぎると判断すべきである。

3  昭和五三年分

昭和五三年分も前々年度と同じように控訴人との売上金額の差のある同業者の所得率は高いという現象を示している。また同業者C、D、B、Iの所得率と同業者E、F、G、Hの所得率との間には、格差があるすぎると判断すべきである。したがつて、被控訴人主張のように単純に同業者八件の所得率を平均したものを適用することは明らかに不合理である。

二  被告人の主張する同業者八件は、いずれも大阪府下の業者であつて、京都府下の控訴人との立地条件において極めて異なるものであり、しかも、茨木、吹田、豊能、枚方、門真の各署管内には電気工事業者が多数存在しているから、電気工事業者数からみても立地条件が異なる。大阪府下の同業者を選定するのであれば、控訴人と営業規模の異なる同業者が含まれないようにするため、むしろ収入の上限を設定すべきであり、また、同業者の平均値を求める推計手法をとるのであれば、わずか八件の同業者を比較するだけでは少なすぎる。

(被控訴人)

一 控訴人は、同業者BないしIの売上金額、所得率が控訴人と類似性がない旨主張するが、単純平均による計算方法も経験上妥当なものとして是認することができる以上、各差益率に偏差があつても、同業者率の適用を不合理なものとして排斥すべきものではない。なお、控訴人は、売上げが多ければ所得率は低下すると主張するが、例えば昭和五一年度についてみれば、同業者DはHとを比較すると、同業者Dを売上げにおいて大幅に上回る同業者Hが所得率についても同業者Dを大きく上回つており、しかも、同業者Dの所得率自体、その後の売上げが増大するにしたがつて高くなつているのであるから、右主張は理由がない。

二 被控訴人は、控訴人の徹底した調査非協力により控訴人の売上げの一部を把握することができたにすぎず控訴人が現在に至るまで売上げに関する帳簿、記録を全く提出しようとしなかつたため、控訴人の売上げの上限を設定することが困難であつたうえ、できるだけ多くの同業者を選定することにより同業者率をより平均化する方が妥当であると考えられたことから、同業者を選定する条件として、下限のみを決定して上限を設定しなかつたものである。しかも、年間収入金額を二〇〇〇万円以上とする基準自体、控訴人の収入金額のうち最も低い金額(約四八〇〇万円)の半分に当たるものであつて、適切な選定基準であり、結果的にも、採用同業者の中に控訴人の売上げの二倍をこえる規模のものは存在しないのであるから、控訴人の売上げの二倍を上限とする選定条件を設定したとしても、選定結果に変りはない。

当事者双方の証拠関係は、原当審記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  控訴人は、被控訴人の部下職員が本件税務調査をする際、理由の開示をしなかつた違法があるから、この違法な調査に基づく本件処分は取り消されるべきであると主張するが、所得税法二三四条所定の税務署職員の有する質問検査権は、所得税の賦課徴収が適正に執行されるために客観的に必要とされる範囲において社会通念上相当な限度で適宜な方法により行使することができるものと解すべきであるから、税務調査の個別的具体的な理由を被調査者に開示しなかつたとしても、それが質問審査を行ううえの法律上一律の要件とされているものではないことからみれば(最高裁昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻七号一二〇五頁、同昭和五四(行ツ)第二〇号同五八年七月一四日第一小法廷判決・訴務月報三〇巻一号一五一頁参照)、直ちにこれを違法なものと断ずることはできない。本件についてみると、原審証人村川満夫の証言及び原当審控訴人本人尋問(原審は第一回)の結果(一部)によれば、被控訴人は、控訴人の本件係争分の所得税調査のため、昭和五四年八月三一日、同年九月一三日職員を控訴人宅に臨場させたが、控訴人が留守中であつたために、控訴人側の指定した同年一〇月三日に至つてようやく控訴人本人に面接することができたこと、その際、被控訴人職員は、控訴人に対し、本件係争年分の所得税申告が適正であるかどうか調査する必要があるので右申告の基礎となつた帳簿書類の提示を求める旨を説明して調査の協力を促したところ、控訴人は調査事由を納得することができないとして協力を拒否したこと、そこでやむなく被控訴人は、控訴人の取引先、銀行を主体に反面調査を開始し、昭和五四年一一月末頃までに控訴人の事業形態と所得の概略を把握することができたので、あらかじめ調査日について打ち合わせずみの同年一二月六日職員を控訴人宅に臨場させたこと、被控訴人職員は、右同日、控訴人に対し、反面調査の結果によれば控訴人の申告額が低いと認められると説明して再度帳簿書類、原紙記録の提示を求めたところ、控訴人は、昭和五三年分の収支計算メモ、売上メモ及び必要経費の領収書の一部を提示しただけで、金銭出納帳、売上帳、仕入帳、請求書、見積書等帳簿書類、原始記録を提示せず、その翌日も同様に被控訴人職員からその提示を求められたが、これに応じなかつたこと、その後も控訴人は、本件処分の異議申立及び審査請求の各不服審判手続、訴訟手続を通じて右帳簿書類、原始記録を開示しなかつたこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する原審控訴人本人尋問の結果はにわかに採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によれば、被控訴人職員が控訴人に対する本件税務調査に際して違法に質問検査権を行使したものと認めることはできず、その他に右調査が社会通念上相当な限度を逸脱した違法なものであつたことを窺わせるに足る証拠はない。したがつて、この点に関する控訴人の主張は採用することができない。

三  そこで、控訴人の本件係争年分の各総所得金額について検討する。

1  控訴人の本件係争年分の収入金額が原判決添付別表2(但し、そのうち5及び19の収入を除く。)記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、右除外部分の収入が同表2の5及び19記載のとおりであることは原判決挙示の証拠(原判決一一万目裏三行目から同九行目まで)によつて認めることじがきる。

2  被控訴人は、本件係争年分の所得金額につき、推計の必要性があるとして、主位的に、原判決添付別表3の1ないし3の各同業者の平均取得率を乗じて推計する方法主張している。

(一)  前記二に認定した事情のもとにおいては、控訴人の所得金額について実額を把握することが不可能な状況にあつたものであつて、これを推計によつて算出する以外に方法がないというべきであるから、被控訴人が推計によつて控訴人の所得金額を算出したのはやむをえないことであつて、適法であるというべきであり、そして、現在においても右推計をすることがやむをえない状況にある以上、この場合、税務調査及び本件訴訟において現れた資料に基づき、本件処分当時の推計方法と異なる他の合理的な方法によつて推計することも許されるものとするべきである。

(二)  しかるところ、原審証人西野但の証言(第一、二回)及び同証言により成立が認められる乙第二号証、第三ないし第五号証、第六号証の一ないし四、第七号証、第二四号証、第三九ないし第三四号証並びに原当審控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、昭和三五年頃から三谷電設の屋号で特に店舗・事務所を設けずに電気工事業を営み、昭和三八年頃から主として遠隔地の工場、ビル等の配線工事を材料は得意先持ちの方法で受注していたものであること、大阪国税局長は、一般通達をもつて茨木、吹田、豊能、枚方及び門真の各税務署長に対し、青色申告納税者のうち、〈1〉電気工事業のうちの内線工事業を営んでいること、〈2〉上記以外の事業を兼業していないこと、〈3〉年間の収入金額が二〇〇〇万円以上であること、〈4〉工事に必要な材料はすべて得意先が付帯していること、〈5〉年間を通じて継続して事業を営んでいること、〈6〉不服申立又は訴訟が係属中でないこと、以上の条件に該当する全員の本件係争年分の売上金額、売上原価、給料賃金、外注費、その他の経費及び所得金額につき報告を求めたこと、その結果、右条件に該当する同業者八件が抽出され、これら同業者の本件係争年分の売上金額、給与賃金、外注費、その他の経費、所得金額及び所得率は、原判決添付別表3の1ないし3記載のとおりであり、平均所得率は、昭和五一年分が十三・一四パーセント、昭和五二年分が一一・二五パーセント、昭和五三年分が一一・三六パーセントであること、大阪国税局が選定地域を右各税務署管内に限定したのは、控訴人の住所地を所轄する園部税務署及びこれに順次隣接する京都府下の福知山、上京、右京、並びに左京税務署には右条件に該当する同業者が存在しないことが判明し、また、他の京都府下の税務署管内にも右同業者が存在しない旨を控訴人において本訴中に自陳していたため、園部税務署に近接する大阪府下の茨木、豊能各税務署及びこれらに隣接する枚方、門真、各税務署において調査することが相当であると判断したこと、以上の事実を認めることができる。

(三)  ところで、控訴人は、被控訴人の抽出選定した同業者が控訴人と類似性を欠くとして、まず、選定基準とした年間収入金額の設定方法の不当をいうので検討するに、前記証人西野の証言(第一、二回)によれば年間収入金額を二〇〇〇万円以上とし、かつ、その上限を設定しなかつた理由は控訴人の本件係争年分のうち最も低い収入金額(昭和五七年当時被控訴人に判明していた分)が約四八〇〇万円であつたことから、選定基準の収入金額の下限をその半分に近い二〇〇〇万円と定め、かつ、これ以下の小規模業者は事業主の稼働割合が高いために所得率が比較的高いけれども、それ以上の業者は売上高によつて所得率は変わらないものと判断し、しかも材料を得意先持ちとする業者は少ないためできるだけ多数を抽出する必要上、選定基準の収入金額の上限を設定しなかつたことが認められる。年間収入の上限と下限を設定すれば、それだけ同業者の範囲が絞られ、控訴人との類似性がより高い同業者を選出することができるが、被控訴人の選定基準によつて同業者を求めたところ、京都府下だけでなく大阪付加まで調査してようやく八件を抽出することができたにすぎないのであり、しかも、右八件の同業者の収入金額は控訴人の収入金額をいずれも下回り(昭和五一年分、五二年分)又はその二倍以下(昭和五三年分)であるから、右認定のとおりの配慮のもとに設定された収入金額の設定は、控訴人の営業規模に可及的に類似するよう斟酌された合理的なものといわければならない。

(四)  次に控訴人は、被控訴人の抽出選定した同業者の売上金額が控訴人のそれと対比して大きな格差がある旨主張するところ、原判決添付別表3の1ないし3によれば、被控訴人の抽出した同業者八件の売上金額は同業者相互間及び控訴人の売上金額と比較すると、かなり開差のあることが認められる。しかしながら、右同業者間について仔細に検討すると、各係争年分とも売上金額と所得率との間に一定の有意の相関関係の存在することは認められない。すなわち、昭和五一年分についてみれば、売上金額が最も多い同業者Gは所得率において同業者B、Dよりも高く、売上金額が二番目に多い同業者Hは所得率において同業者B、C、D、Iよりも高く、また、売上金額が平均的である同業者Dは所得率において極端に低く最下位であること、昭和五二年分についてみれば、売上金額が最も多い同業者Bは所得率において同業者C、Dよりも高く、売上金額が三番目に多い同業者Hは所得率において同業者C、E、G、Iよりも高いこと、昭和五三年分についてみれば、売上金額が最も多い同業者Dは所得率において同業者B、Iよりも高く、逆に売上金額が四番目に多い同業者Fは所得率において最も低いことが看取できるのであつて、売上金額の多い同業者は低い所得率で、逆に売上金額の低い同業者は高い所得率であるものと断ずることはできないのである。他方、控訴人の売上金額は同業者のそれと比較して、昭和五一年分は二・一倍ないし五・七倍多く、昭和五二年分は一・一倍ないし二・九倍多いが、昭和五三年分は〇・六倍から二・三倍に相当するものであるところ、昭和五一年分及び同五二年分における程度の格差があるからといつて、これら同業者が控訴人の業態と著しく異つたものであることの立証のない本件にあつては、この程度の差異は同業者の平均所得率に包摂されたものであるというべきであり、これらが直ちに類似性がないとするに至つては、被控訴人の設定した抽出基準によつて類似同業者を抽出することは著しく困難であるから、他に合理的な推計方法が認められない以上、売上金額の前記格差の存在をもつて被控訴人の推計を不合理というのは当たらないというべきである。

(五)  更に控訴人は、被控訴人の抽出した同業者は住宅建物の証明配線を中心とし、これらの同業者の外注費は低いものであるから、工場、ビルの機械配線を中心とする控訴人と業態を異にし類似性がないと主張するが、右主張を採用することができない。その理由は、原判決一三枚目裏二行目から同一四枚目表七行目のとおりであるから、これをここに引用する。ビル、工事用の配線工事が住宅建物用のそれよりも所得率が低いことを認めるに足る証拠はなく、また、原当審控訴人本人尋問において(原審は第二回)、控訴人は他府県に出かけて工事をする業者の所得率は低い旨を供述するが、原審証人西野但の証言(第一回)によれば、遠隔地で工事をする場合、売上金額に旅費、宿泊費が含まれるので、所得率に特段の差異はないことが認められるから、控訴人の主張は失当である。

(六)  控訴人は、本件同業者につき、「その他の経費」に税理士報酬を含めて計算すべきこと及び「給料賃金」に青色専従者給与額を含めて計算すべきことを主張するが、いずれも理由がないことは、原判決一五枚目裏一〇行目から同一六枚目裏一〇行までのとおりであるから、これをここに引用する。

(七)  以上によれば、前記同業者は、被控訴人の設定した選定条件に合致し、控訴人と立地条件、業種、業態並びに営業規模に類似性があるものと認めるのが相当であり、かつ、件数において十分普遍性を首肯することができ、その抽出過程に被控訴人の恣意を入れる余地がないから、被控訴人が前記同業者の平均所得率を基礎として控訴人の本件係争年分の所得金額を推計することには合理性があるものというべきであり、この点に関する控訴人の主張は採用することができない。

3  控訴人の本件係争年分の雇人費、外注費(実額)についての主張は、採用することができない。その理由は、原判決一七枚目表六行目から同一八枚目表五行目のとおりであり、当審における証拠調の結果によつてもこれを左右するに足りないから、これをここに引用する。

4  してみれば、控訴人の本件係争年分の事業所得金額は、昭和五一年分は、控訴人の収入金額一億三八七八万八八五〇円に同業者平均所得率一三・一四パーセントを乗じた一八二三万六八五四円、昭和五二年分は、控訴人の収入金額八一三三万二六八三円に同業者平均所得率一一・二五パーセントを乗じた九一四万一七九三円、昭和五三年分は、控訴人の収入金額五四七〇万四二〇〇円に同業者平均所得率一一・三六パーセントを乗じた六二一万四三九七円と算定すべきである。

四  本件処分と右三で認定した本件係争年分の訴訟人の各総所得金額を比較すると、本件処分及び本件賦課決定処分は、控訴人の総所得金額の範囲内のもので適法であるというべきである。

以上のとおりであつて、控訴人の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきであり、これと同旨の原判決は正当であるから本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴本九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今富滋 裁判官 畑郁夫 裁判官 遠藤賢治)

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